大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所 昭和45年(レ)10号 判決

控訴人 藤原正徳

被控訴人 藤本貴雄

右訴訟代理人弁護士 甲元恒也

同 中村道男

主文

原判決一、二項を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

原審裁判所がした本件に関する強制執行停止決定認可の裁判はこれを取消す。

前項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(控訴人)

主文一、二項同旨。

(被控訴人)

一、本件控訴を棄却する。

二、控訴費用は控訴人の負担とする。

第二、当事者の主張

(被控訴人の請求原因)

一、別紙目録記載の家屋の所有者である控訴人とその賃借人である被控訴人間には、岡山地方裁判所昭和四二年(レ)第一号家屋明渡等請求事件につき昭和四三年二月八日成立した和解調書が存在し、該調書には左記のような記載がある、

(一) 被控訴人は控訴人に対し、昭和四三年二月分以降右家屋の賃料一ヶ月五〇〇〇円を毎月末日限り控訴人方へ持参又は送金して支払う。

(二) 被控訴人が右賃料の支払を連続二回以上遅滞した時は、被控訴人は賃貸借契約を当然解除され、控訴人に対し直ちに右家屋を明渡さねばならない。

二、ところで、前記(二)記載の無催告契約解除の特約条項は、控訴人が被控訴人に対して催告をしなくとも不合理とは認められない特段の事情がある場合に催告なしで解除権の行使が許される趣旨であるところ、被控訴人は、毎月の賃料を怠りなく支払ってきた。唯、昭和四四年一〇月および一一月分賃料は同年一二月一日に支払をなしたけれども、これは被控訴人が高血圧症等の病気療養中であったうえに、昭和四四年七月二六日同人の妻訴外藤本花子も交通事故に遭いその治療の為出費が重なったことを遠因とし、直接には、同年一一月二九日、被控訴人が右病気の為賃料郵送にあたらせていた右花子の病院での治療が予期に反して長びいたので、同人が午前中に送金することができなくなったのみならず、土曜日である同日午後および日曜日である翌日の送金が不能であると誤認した結果、翌一二月一日に送金するに至ったものであって、前記無催告解除を不合理でないとする特段の事情がみとめられない。かりに催告を要しないとしても右事情のもとにおいてする家屋明渡の強制執行は信義則に反し許されない。

(認否)

一、請求の原因一の事実は認める。

二、同二の事実は否認する。被控訴人は、前記和解成立前一五ヶ月間にわたって賃料の支払を怠っていたばかりか、右和解成立後もこれを期限に支払ったことはわずか三度しかなく、履行遅滞を繰返してきたのであって、そのうえ、昭和四四年一〇月および一一月の二回連続して期限までに賃料を支払わなかったものである。

第三、証拠 ≪省略≫

理由

一、請求原因一記載の和解が控訴人と被控訴人間に成立した事実については当事者間に争いがない。

二、そして、同二の事実中、被控訴人が、昭和四四年一〇月および一一月分の前記家屋の賃料を一一月末までに支払わなかったことについても当事者間に争いがないところ、右事実が前記請求原因一(二)記載の和解条項の契約解除の条件を充たすか否かを検討する前提として、右条項の解釈をめぐり争いがあるので、判断する。

まず、被控訴人は、右規定の趣旨につき控訴人の解除権行使の要件を定めたものと解するようであるが、規定の文言上、賃料支払が連続二回遅滞に陥った時は前記賃貸借契約は当然に解除せられ、何らの意思表示も要しないものと解する他はない。

そして、右特約の趣旨は、本件(一審控訴人勝訴の家屋明渡等請求事件控訴審)和解成立前の被控訴人の一五ヶ月にわたる賃料支払の遅滞をふまえて裁判所の勧告により当事者間に約束が成ったこと(≪証拠判断省略≫)、右特約の規定の仕方が「賃料を連続二回以上遅滞した時」賃貸借は当然解除となっており(≪証拠判断省略≫)、いいかえれば、一回分の賃料は遅滞しても解除事由にならないとして、契約解除の効果を発生せしめる原因としての賃料支払遅滞につき相当な許容期間を設けていることから考えて、文字通り、二回以上連続して期限までに賃料の支払を怠った時は本件賃貸借契約は当然解除となる趣旨、すなわち右債務不履行を解除条件とする通常失権約款といわれているものとみるほかなく、且つ、和解成立の経過にてらして右趣旨の約定として有効であると解するのが相当である。

三、そうすると、被控訴人の前記昭和四四年一〇月および一一月分の賃料支払遅滞はまさに右特約条項に該当すると言わざるを得ないところ、右適用を排除するに足る理由は見あたらない。被控訴人は、被控訴人およびその家族の病気療養の事実をあげながら、借主側の賃料送付が遅れるに至った宥恕に値すべき理由をるる主張する。けれども、被控訴人の遅滞は、解除条件としての期限の徒過としてはわずか一、二日のことであったとはいえ、賃料支払期限自体からみれば、一ヶ月以上も遅滞に陥っていたことになるばかりか、前記認定のように和解成立前被控訴人は賃料支払を一五ヶ月も遅滞しておりこれをふまえて控訴人の多大の譲歩により本件和解が成立したこと、それには賃料支払期間を当月末とされているのにかかわらず、被控訴人は依然として右期限を守ろうとせず、賃借人の基本的債務である賃料支払義務を常習的に遅滞していたこと(≪証拠判断省略≫)を考えあわせると、被控訴人にその主張のような事情が仮にあったとしても、同人の態度は、賃貸借における信頼関係の維持という観点からみて、既に貸主が許容できる義務の履行遅滞の限度を越えたとみる以外にないというべきである。したがって、控訴人が被控訴人に対し本件和解調書に基づき家屋明渡を求めることが信義則に反し許されないということができないのは当然である。

四、よって、被控訴人の本訴請求は理由がなく、これを許容した原判決は失当であるから民事訴訟法第三八六条によりこれを取消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用につき同法九六条、八九条、強制執行停止決定認可の裁判取消およびその仮執行宣言につき、同法五四八条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 五十部一夫 裁判官 浅田登美子 東修三)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例